ある男

ある男のつぶやき
くそ面白くもない世の中。結局、声のうるさいやつの意見が通る。か細い、気の聞いた意見など通らない。間違っていても、狂っていても、大声で叫ぶやつのいうことは聞かれる。

結局、皆、自分が認められたいだけ。一目置かれたい。凄いと思われたい。凄いのに謙虚な人、なんて思われたい。天才と思われたい。徳のある人と思われたい。称賛されたいのだろう。誰にも彼にも。その為に努力もするし、泥水だってすする。偽善もするし、弁舌だってふるう。認められたい。価値が欲しいのだろう。その評価がお金だったり名誉だったりする。

権力。結局は皆マウントをとりたいのだろう。僕らはチンパンジーと根っこのところは変わらない、すぐにヒエラルキーを作りたがる。そう、最も素晴らしい人は、この世の価値観に動じない人。誰彼の評価ではなく、自分で自分自身の価値を認める人。そこに一切の他者の媒介は許さない。他者に誉められようが、けなさらようが構わない。己の価値は己で決める。そんな誇り高い人物なんだ。そこには法律も倫理も何の価値も持たない。

ファクトフルネス

この本を一言でいえば『無知の知』である。著者はまず、現在の世界で起きていることの統計をクイズ形式で読者に問う。実際に医者や、マスコミ、大学生など、世界中の知識人と言われている人たちにそのクイズを訪ねてまわったという。三択問題なのでチンパンジーでも33%の確立で当たる問題がどれも20%程度の正解率だったという。問題の傾向は全て世界は悪くなっているだろうか、良くなっているだろうかの問いである。総じて世界の知識人は悪くなっていると思い込んでいたが、実際は少しづつ良くなっている。データーをしっかりと見れば明らかに分かることである。どうして、知識人であればあるほど、そんなに間違えてしまうのか。それを著者は人間のもつ10個の本能から来るものだと説明する。

この10個の本能、いわゆる思い込みを捨て、常に新しい情報、データーを意識していこうという本である。

10個の本能とは、1分断本能 2ネガティブ本能 3直線本能 4恐怖本能 5過大視本能 6パターン本能 7宿命本能 8単純化本能 9犯人捜し本能 10焦り本能 である。

1分断本能

人間は二つのカテゴリーに分けたがる。それは分かりやすいから。しかし実際はそんなに極端なカテゴリー分けはできず、二つの間の中間層がかなりの数だけ存在する。それは各国でもそうだし、世界全体を見てもそうである。サッカーで例えれば、ある国に、強いチーム、弱小チーム、そしてその間に普通のクラブチームがたくさん存在する。そしてナショナルチームもブラジルなど強豪国もあれば、ワールドカップにすら出れないところもあるし、その間の中間国が無数にある。著者のハンスロスリングは、分かりやすいように世界を4つのカテゴリー分けをする。レベル1は日当1ドル、レベル2は日当4ドル、レベル3は16ドル、レベル4は32ドル そうすると、世界総人口70億人 のうち レベル1が10億人、レベル2が30億人、レベル3が20億人、レベル4が10億人という結果がでた。これは中間層がかなりの数を占めているということ。それを更に歴史という時間軸で見てい行くとここ数十年で圧倒的にレベル2、3に属する人たちが増えが事がわかる。

つまり、分断本能とは世界を単純に極端な二分化をしてしまう。この本能を抑えファクトフルネスを高めるには、大半の人たちがどこにいるか知ること。所得カテゴリーで言えばレベル2、レベル3に属する人たちが世界の7割近く存在する。

平均値だけでなく、分布図でみる。平均値だけの比較だと分断が見えるが、分布図での比較だと重なりが多くみられる。例えば、国でレベル分けしたとしても格国で所得の開きはあり、重なりある層も存在する。いちがいにかの国は貧しい、かの国は裕福、とはいえない。

そして、最上位、最下位等の極端な数字の比較に注意するということ。

また、上からの目線だと、どれも同じように見えてしまい、下位グルーブの違いが分からない。結果、世界を単純化してしまう。

2 ネガティブ本能

ネガティブなニュースの方が圧倒的に耳に入りやすい。それは人の注目を集められるから。良いニュースは話題にすらならない。しかし実際は、話題にならない小さな進歩が世界中で起きている。それはデーターを見れば明らかである。

我々はネガティブ本能を抑えるために、『悪いニュースの方が広まりやすい』ということに気づかなくてはいけない。また、悪いニュースが増えたということはそれだけ、かつてはニュースにもならなかった悪いことに対して監視の目が働いているともいえる。

そして人々は過去を美化したがり、国家は歴史を美化したがるという側面は頭に入れておいたほうが良い。

3 直線本能

グラフは真っすぐに進んでいくという思い込みを捨てる。実際には直線に進むほうが珍しい。多くのデーターは直線ではなく、S字カーブ、すべり台の形、コブの形、あるいは倍増する線のほうが当てはまる。

4 恐怖本能

人はみな恐怖に包まれると、判断能力が鈍る。世の中のすべての情報を学習できる人はいない。我々はいろいろな情報を取捨選択している。そのなかでも人の頭にすんなりと入ってくるのが、物語形式で伝えられる情報である。そしてそれは劇的で在るほど、人の関心を引きニュースとなる。ドラマチックに恐怖本能を操ることをメディアは熟知している。

恐怖本能は進化の過程で人間が培ったもの。ヘビ、クモ、針、暗闇、炎、など、これらの災害に敏感に反応することで、人間の先祖たちは生き残ってきた。だから。これらのワード、映像に敏感に反応してしまう。

リスクは危険度(質)×頻度(量)で決まる。確立を求める正しい計算が必要である。結局恐怖は無知から来ることが多い。しかし、いつだって冷静にいるのは難しい。もし、恐怖でパニックになってしまったら、パニックが収まるまで大事な決断は避ける。

5 過大視本能

ただ一つの数字がとても重要であるかの錯覚に注意する。

過大視本能を避けるために

・比較する

一つしか数字は間違いの元だと肝に銘じる。ほかの数字と比較し割り算をする。

・80:20ルールを使う

項目が並んでいたら最も大きな項目だけに注目する。多くの場合小さな項目は無視して差し支えない。

・割り算をする

割合を見るようにする。国や地域を比較するときは「ひとりあたり」に注目する。

6 パターン化本能

ひとつの集団のパターンを根拠に物事が説明されていたら、それに気づく。

パターン化は間違いを生み出しやすいので、間違ったパターン化をしないように努めよう。

パターン化を抑えるには分類を疑ってみるとよい。

・同じ集団の中にある違いを探す。より小さく正確な分類に分ける。

・違う集団のあいだの共通項を探す。もし見つけたら分類自体が正しいか問い直す。

・違う集団の間の違いも探す。

・過半数という言葉に気をつける。51%なのか99%なのか

・強烈なイメージに気を付ける。それは例外かもしれない

・自分以外はアホだと決めつけないようにする。好奇心をもち、謙虚になって考える。

7 宿命本能

人や国や宗教文化を変わらないもの、宿命的なものと決めつけないようにする。

一見変わってなさそうな事でも、ゆっくり少しづつ変化は起こっている。

・小さな進歩を追いかける。毎年少しづつ変化していれば、数十年で大きな変化が生まれる。

・知識をアップデートする。賞味期限がすぐに切れる知識もある。

・祖父母の話を聞く。価値観がどれ程変化しているかわかる。

・文化が変わった例を集める。

8 単純化本能

ひとつの視点だけでは世界を理解できないと知ること。

単純化本能を抑えるためにはトンカチだけでなく、様々な道具を使うように心がける。

・自分の考え方を検証する‥自分の肩入れしている考え方が正しいことを示す例ばかり集めないようにする。自分と意見の合わない人に考え方を検証してもらい、自分の弱点をみつける。

・知ったかぶりをしない…自分の専門以外のことは知らないことがあることを認める。

・トンカチばかり使わない…ひとつの道具が全てに使えるわけではない。違う分野の人たちの意見に耳を傾ける。

・数字だけに頼らない。

・単純なものの見方と単純な答えに警戒する。過去の独裁者は単純な理想論で残虐な行為を正当化した。複雑さを喜んで受け入れる。

9  犯人捜し本能

誰かが見せしめとばかりに責められていたら、それに気づく…誰かを責めると安心して、考えることをやめ、真の原因がつかめなくなる。誰かを責める癖を断ち切る。

犯人ではなく、原因を探す。

メディアは中立的ではないし、中立的でありえない。中立性を期待するべきではない。

10 焦り本能

「いますぐに決めなければならない」と感じたら、自分の焦りに気づくこと。今決めなければならないようなことはめったにない。

・深呼吸する

・データーにこだわる。

・決して最高のシナリオと最悪のシナリオだけではない。

・過激な対策に注意する…大胆な対策には副作用がある。地道に一歩一歩進みながら、効果を測定する。ドラマチックな対策よりもたいていは地道な一歩に効果がある。

新型コロナについて思うこと

今、新型コロナを巡り、世界中が右往左往している。

非常に感染力が強く、重篤化すると死に至る。超情報化社会なので、フェイクニュースが世界を飛び回り、本当の情報は中々見つからない。特効薬が見つかるまでは収まらないだろう。

人、物、金の流れは滞り、経済は下降している。人の心も疑心暗鬼になり、ギスギスしているようにも見える。

こういった時ほど、冷静さと正しい情報の吟味が必要だろう。

地球全体というグローバルな視点にたてば、経済活動の停滞は、地球環境、人間以外の生物にとっては浄化期間として良いのかも知れない。実際、工場が停止している中国は空気が清浄化されているとか。

勿論、真っ先に打撃を受けてしまうのは、体の弱い人、経済的立場の弱い人なので、一概に良いこととは言えない。ただ、むやにパニック状態に陥ることは避けたい。

無為自然。人間本意に立たない老子の考え方が必要なのかもしれない。

世界の未来

この本はフランスの学者エマニュエル・トッドを中心に世界の4人の識者が、現在のグローバル化への反動としてのポピュリズムの台頭、民主主義の行き詰まりの問題を語る。

中等教育と高等教育の発展は階層化された社会を作った。トッド

識字率の広がりは人間が平等であるという意識を皆にもたせた。しかし高等教育は、エリート主義を助長させ、差別などの分断を生んだ。トッドは高等教育は必要なものだと考えているが、現在の高等教育は否定している。現在の高等教育は純粋な知性や創造性を発展させるものではなく、体制順応主義、服従、社会規範の尊重などを促すだけの教育になっていると指摘している。

直径社会という家族の型 トッド

トッドは日本やドイツは垂直的なデモクラシーだと考えている。これは直径社会の家族の型にみられる民主主義。基本的な自由の尊重や報道の自由はあるが、権力をとりあうということにあまり関心をもたない。これは直径社会の残滓であり、権威を重んじ不平等を受け入れる直径家族の価値観がこの民主主義に呼応している。フランスのエリートたちは自分たちがグローバル派のエリートに近く、フランスの民衆とは関係がないと考えているのに対し、日本のエリートたちは、日本人であるという意識が強い。これは移民の受け入れへのためらいと密接につながっている。

民主主義にはその根本において排外的で人種差別的な面がある トッド

人々は民主主義をポジティブなものととらえ普遍的だと考えがちだが、トッドは民主主義をその根本において排外的で人種差別的なものだと思っている。普遍的なものはむしろ、帝国であり、ローマ帝国も、中国の帝国も選挙などはなかった。ヨーロッパのひとたちはトランプを民主主義の脅威というが、トッドはそれは大衆が間違えている、という意味になるので誤りであるという。トッドは民主主義という言葉が宗教的な響きを持って神聖なものとして扱われることを警告している。民主主義とは人々が自分で決め、エリートがその決定を尊重するという制度であり、それ以上でも以下でもない。民衆が愚かしければその尻ぬぐいは自分でする。

国の違いはあれど、個人としてはそんなに変わらない。(トッド)

人々は住むところを変えれば、移った先の場所の価値観に合わせていく。人類学的なシステムは強いものだけれど、それは個人の価値観が弱いから。遺伝子の記憶や幼少期の記憶は個人を形成するうえで、無視できないものだけれど、今そこに住んでいる環境に順応しようとする力の方がはるかに強いということだろう。朱に交われば赤くなるという事か。

命とか命を生み出すものは無秩序、だらしなさ、ルーズさなのです。(トッド)

子供を増やしたければ、もっとルーズにならなくてはいけないと、トッドは語る。日本は完全主義で東京に3000万人も人口がありながら、キレイで清潔。ゴミなど無い。しかし、トッドは命を生み出すものは、だらしなさなのですよ、と説く。フランスでは婚外子は当たり前、国家が保育所を用意するから、若い人たちは安心してこどもを産む。旧来型の家族システムを正しいとするのではなく、みんなが寛容になって多様性のある家族を認めていったほうが良いという事だろう。その為には、母子家庭、父子家庭、親のいない子供たちを、自己責任と突き放すのではなく、経済的に国が支援し、社会全体がこどもたちを育てていくという空気感が必要なのだろう。

感想

トッドのコラムを見て面白い考え方の人だなと思い、この本を手に取った。トッドは家族のあり方から世界情勢を見ていく。家族のあり方は政治や文化から影響を受ける。また、家族のあり方はその個人の人間形成に大きく影響を及ぼし、その個人が政治や文化を作っていく。トッドは民主主義を否定しているのではなく、民主主義を神格化することに警告を促している。結局、民主主義を構成しているのは個々人であり、個々人の精神が軽薄なものであれば、政治に反映され、世界を悪い物に変えていく。帝国主義は、エリート支配であり、優秀な人間が世界を作っていく。その優秀な人間とは、資本主義社会おいては、お金もうけのうまい人間だけになってしまっている傾向がある気がする。環境破壊は人間だけでなく、全ての生態系の生存が関わっている。個々人が人間第一主義をやめ、地球環境、未来への長期的プランを考えることが必要なのだろう。その為には、政治の安定と、生活の安定、そして皆が世界という横軸と、歴史、未来をみる縦軸を広く学ぶ知識が必要だと思う。

フロー体験入門 ミハイ・チクセントミハイ著

この本はフロー状態とは何か、またそのフローの状態になる為にはどのような態度が必要か、またフロー状態をどのような形で用いるのが適切なのかを説いている。そして古今東西の学者や作家たち、市井の人達の言葉を交えてフロー体験の提案をうながしている。

まず、フロー体験とは何かを簡潔にいうと、要は何かに打ち込み、没頭している状態のことだ。外部からの情報に左右されることなく、心の変化もなく、している作業に集中している状態のことだ。これは好きなことに打ち込んでさえいれば、どんなことにもあてはまる。ガーデニング、読書、スポーツ、仕事、ゲーム、何でも良いらしい。ただし、テレビ等の、受身的レジャーでは得られないらしい。フロー状態になる為には、その作業への高いスキルと高いチャレンジが必要なのだそうだ。チャレンジが高すぎて、スキルが低いと、不安に襲われる。逆にスキルに比べて、チャレンジが低いと、くつろぎの状態となる。

フローを体験する為には、高いスキルと高いチャレンジが必要になる。

人は幸福よりも、フロー状態でいることの方が人生を豊かに、楽しいものにすると著者は説いている。このフロー状態をコントロール出来るようになれば、人生のあらゆる事柄、毎日のことで退屈になってしまう家事などでさえ、楽しいものに変えることができるという。

印象に残った言葉と共にこの本を振り返ってみたい。

生きることは行動、感覚、思考を通じて体験することを意味する。体験は時間の中に場を占める。そのため時間こそわれわれがもっている究極の希少な資源なのである。何年もかけて、体験の内容は人生の質を決定づけるだろう。そえゆえ、誰もができる最も重要な決定の一つは自分の時間をどのように割り当て投資するかということである。 第1章12pより

この時間を大切にするというのは、偉人たちが良く言う言葉だ。社会に大きな貢献をする人は自分が何をしている時がフロー状態になるのか理解し、また新しい事柄にもチャレンジする姿勢、そしてスキルを上げる為の努力もおしまないということだろう。それはただ単に自分が楽しむ為にやるから、努力も努力とならず、その毎日の積み重ねが、高いスキルとなるのだろう。

ギリシャ語でレジャーを指す言葉scholea 「school」の語源であり、そのような考え方だったので、レジャーの最もよい使い方は勉強することだった。 第1章17pより

古代ギリシャ人の学習意欲に頭の下がる思いがするが、元来勉強は新しいことを知るという知識欲を満たす楽しいものだったのだろう。それが地位や名誉を得るということがフォーカスされ過ぎ、子供たちに強制することによって、つまらないものへと意識が変えられてしまったのかもしれない。

何をなすのかをどう選び、人生にどう取り組むかということが、日々の総計が混沌としてとらえどころのないものになるか、芸術作品のようなものになるかを決定するだろう。第1章 18pより

人の3つの主な活動―生産、生活維持、レジャーは人間に心理的エネルギーを投入させる。自らこれらをコントロールしないと人生をつまらないものへと変えてしまう恐れがあるということだろう。

すべての感情はポジティブで魅力的かネガティブで胸の悪くなるものかのどちらかである。 食べ物やセックスの相手が見つけられないと種が生き残ることができないので、食事をしている時や異性と一緒にいる時喜びを感じるのである。 第2章25pより

人間の感情はざっくりとこの二つに分けられるそうだ。これにより人はよいものを選ぶのに役立つ。

貧困層でなければ、資源が増えても幸福になる機会は、はっきり感じ取れるほど増えないという結論が正しいように思われる。 第二章28pより

アメリカの平均収入は1960年代と90年代とでは実質倍になったが、大変幸福だという人の割合は30%のままだった。アメリカの億万長者は平均的収入のある人よりもほんのわずか幸福であるにすぎない、という調査もある。富と幸せは比例しないということだろう。著者は「われわれは本当は富や健康、有名になることなど求めていない。これらのものを求めるのは、それによって幸福になれると期待しているからである」という。

最もよい解決法は、自分のモチベーションの根源を理解することかもしれない 第2章35pより

自分の目標を管理するということ。それは自然的な行動の行きすぎもよくないし、逆に強迫観念的なコントロールもよくない。この間をとるということ。そしてその為にはモチベーションの根源の理解が必要。本当に好きなら困難があってもやり続けられる。

われわれは、心と意志と精神が同調している時にやってくる晴れ晴れとした気持ちをめったに感じない。相反する欲望、心構え、思考が意識の中で互いに争うと、それらを整列させておくことができないのである。第2章39pより

人間は欲望や感情に左右され、意識を集中させることがなかなかできない。

このような瞬間に共通しているのは意識が体験でいっぱいであることである。第2章40pより

本当にその行為を楽しめている時は意識がその体験でうめつくされていて、他のことに意識を奪われることはない。これがフロー体験である。

フローはスキルがちょうど処理できる程度のチャレンジを克服することに没頭している時に起こる傾向がある。最適な体験はふつう、スキルと行動のために利用できるチャレンジとのすばらしいバランスを要件とする。第2章42pより

フロー体験はスキルとチャレンジの相関関係から起こる。フローを体験する為には、その分野への深い造詣や、技術が必要と言うことだろう。スキルとチャレンジの繰り返しが高スキル、高チャレンジになり、やがてフロー状態となる。

チャレンジとスキルの相関関係

人生にすばらしいことをもたらすのは、幸福というよりも、フローに完全に熱中することである。第2章44pより

著者は幸福とフロー状態は別物だという。フロー状態の時は幸福は感じない。意識が内面にないからだ。幸福感は回想や、穏やかな人間関係、適切な環境によってもたらされる。残念なことに幸福感は壊れやすく、好ましい外因に依存している。フローは自分自身で作れるものであり、意識の中の複雑さを増大させ成長を促す。

しかし、ほんとうの成長のためには、面白い意見をもち、会話が刺激的な人を見つける必要がある。 第3章60pより

親密な交際は、良い体験となり、心の安らぎを与える。例え居酒屋でのちょっとした会話でも落ち込みを防ぐことができる。より難易度は高いが、一番よいのは孤独を楽しみさえする能力。

彼女たちの多くが、仕事で何が起きようと重要ではないと感じている。そしてそれゆえに逆説的に彼女たちは仕事をより楽しめるのである。第4章78p

多くの女性にとって仕事はより自発的なものである。これは遺伝的にプログラミングされているのか、文化的な伝統が背景にあるのか、仕事をしなくてはいけないものと、男性の場合はとらえる傾向にある。いずれにしても人は自発的だと思えるものに楽しみを覚える。

人間はフロー状態の時、つまりチャレンジに出会うことや問題を解決すること何か新しいものを発見することに完全に没頭している時に、最も心地よいと感じる。第5章 93pより

フローを生み出すほとんどの活動には、明確な目標、明確なルール、迅速なフィードバックがある。それは注意を集中させ、スキルを必要とする一連の外因的な作用。

言い換えれば、フローを生み出すどの体験も、楽しめるようになる前に、最初に注意力の投資が必要である。第5章94pより

受身的レジャー(友人とただたむろする、骨の折れない本を読む、テレビに向かうこと)と違い、フローを生み出す体験は、そこに至るまでのスキルと集中が必要である。

過去のレジャーは人々にスキルを発達させる機会と体験を与えたので、正当化された。実際、科学と芸術が専門職業化される以前は、膨大な科学的研究、試作、絵画の制作、音楽の作曲が個人の自由時間に行われた。第5章 104pより

好きだからこそやり続けられる。やり続けるからこそスキルもあがる。フロー体験を得るためにはある程度、困難な目標、チャレンジが必要である。

アマチュア―好きだからする人―は自分自身はもちろん、すべての人の人生に楽しみと興味を付け加える。第5章105pより

決して非凡な才能がなかったとしても、好きだからそれをすることによって、自分も他の人も楽しい気持ちにさせることだできる。

重要なのは自分がどのように生活を管理したいと思うか、そしてその中で性的関係にどのような役割を演じて欲しいかと思うかである。第6章119Pより

性に関して、あまりに禁欲的になりすぎるのも、また奔放的になりすぎるのも人生を豊かにしない。自分自身でコントロールすることが大事。

家庭にいる時の気分はめったに友人と一緒にいる時ほど元気づけられないが、一人でいる時ほど低くなることもない。同時に機能不全の家族の特徴である、嘆かわしい虐待と暴力が示すように、比較的安全に鬱積した感情を解放できるのは家庭なのである。第6章 122Pより

フローは友人といることで起きることの方が多い。一緒にいる時間の多い家族は新しい情報を得る機会が少ないからだろうか。友人といる時の方が適度な緊張感とチャレンジをするということなのだろう。家族は安心ももたらすが、無気力的な暴力を生み出す危険もはらんでいる。

文化のぶつかりあいが、孤立した均質な文化では見つけにくい興奮、自由、創造の空気を生み出していたのでメトロポリスは非常に魅力的だった。第6章120Pより

8000年前の中国、インド、エジプトの大都市では様々な民族が集まり活気に満ちていた。それは誘拐や犯罪等の危険もあったようだが、同時に異質な文化のぶつかりあいが、興奮、自由、創造の空気を生み出していた。今のアメリカに近い空気だったのかも知れない。他者は生活の質にたくさんのスパイスを与えてくれる。

これらの創造的な人々が人生に立ち向かう方法は、同時に外交的にも内向的にもなりうるということを示す。実際、内向性から外向性までいっぱいの幅を表すことは人間であることのふつうのあり方なのかもしれない。第6章134Pより

たとえ孤高に見える芸術家であっても他者との交流は必須である。その刺激が新たな発想を生む。大切なことは、社交と孤独のバランス。どちらも行き過ぎると障害を生む。両極である社交と孤独、自分にとって適度なバランスを知ること。

次のように問うのである。このステップは必要だろうか。誰がそれを必要とするのか。もしそれがほんとうに必要なら、もっとうまく、早く、効率的にできるだろうか。どんなステップを付け加えたら、自分の貢献はもっと価値のあるものになるだろうか。第7章 147Pより

チャレンジや多様性に欠ける仕事も、このように考えることでフローを生み出せる。要は更なる進化へ自分に負荷をかけるという事だろうか。自らチャレンジを作り出す。マンネリ化してしまう仕事や日常の家事も楽しむことができる。

人の集まりが一つになるのは二種類のエネルギーによってである。つまり食べ物や暖かさ、身体的な世話、金銭によって供給される物質的エネルギーと互いの目標に注意力を投資している人々の心理的エネルギーである。第7章156Pより

家族間において、特に男性は経済的な豊かさだけそろっていれば、家庭は安泰であると考えがちであるが、精神的な注意を怠ると家庭は崩壊してしまう。それは会社、地域の会合、サークル活動など、すべてのコミュニティに言えることかも知れない。

人生の質を改善することはおおむねきわめて簡単なことだが実践することは難しい。しかし取り組む価値は確かにある。その最初のステップは、する必要のあることはなんであれ、だらだらとするのではなく、注意の集中とスキルをもって行う習慣をつけることである。次のステップは日々の心理的エネルギーをいやいやする仕事から、あるいは受信的レジャーから、かつてしたことのない何か、あるいは、障害がありすぎるように思えて十分に取り組んでいないが、すれば楽しいことに、振り向けることである。第8章181pより

世の中には注意や関心をしめし、学ぶことによって得られる面白いことがたくさんある。しかし、関心をもって、それを見ていかなくては興味深いものにはならない。

面白いと思うことの多くは、初めから面白いのではなく、注意を注ぐ労を払ったから面白いと思えるのである。第8章182pより

ありとあらゆるものは、そこに注意を払い、より複雑な構造を理解することによって、楽しいものとなっていく。退屈していることの正当な言い訳などない。チャレンジとスキルが足りないから退屈してしまう。

注意をコントロールすることは体験をコントロールすること。したがって人生の質をコントロールすることである。第8章183pより。

注意は外界の出来事と体験の間のフィルターの役割である。注意を払わなければその出来事は通り過ぎていく。痛ましい出来事も、目をそらさず直視し、その存在を理解した後に、自分で選んだ好きなことに注意を向けるようにコントロールする方が良い。

重要なことは活動それ自体を楽しむことである。さらに肝心なのは結果ではなく、そうした活動を通じて得る自分自身の注意をコントロールする力だということを知ることが大切なのである。第8章185pより

何か目的があって、その為だけにいやいやその活動をしても身にならず結局は継続できない。

自分以外の人類や、自分たちがその一部をなす世界に対して、積極的に責任を負うことは、よい人生にとって必要な要素である。第9章189pより

われわれは世界のなかの一員であり、一人一人の行為は社会や環境に影響をもたらす。

常に宇宙の未来は自分の行動にかかっているかのように振る舞う一方で、自分のあらゆる行動が違いをもたらすと考える自分自身を笑いなさい。第9章190pより

社会、環境に対して無関心であってもいけないし、傲慢になりすぎてもいけない。仏教の戒め。

運命愛は自発的であれ、外から押し付けらたものであれ、進んで自身の行為のオーナーシップを握るということである。第9章199pより

必然的なものを愛することがニーチェの言った運命愛である。今、自分にある運命を違うものだ、と否定するのではなく、その運命を愛し、しなくてはいけないことを自分自身の注意をコントロールして楽しむということ。

感想

フロー体験という言葉は、何となくは聞いたことがあったが、この本を読んでよく理解できた。それは能動的などんな行為からも、自分の注意次第で得ることができる。まずは注意をどこに向けるか。これが自分自身のオーナーシップをとるということ。次にその行為のスキルを向上させる為に、チャレンジの負荷をあげていく。

フロー状態は人生を楽しくさせる。ただし、反社会的な行為でもそれは体験できてしまう。社会、環境、布いては宇宙に対して自分のフロー体験が良い働きかけになるように、注意をコントロールしていく。その為にはやはり視野を広く持つ為の勉強が必要なのだろう。

また、常に行き過ぎを注意もしている。中道であることの大事さも説いている。

宗教と哲学 出口治明著

出口さんが何とも凄い本を書いてくれた。古今東西の宗教と哲学を網羅した百科事典。いや、百科事典ほど、細かく書いているわけではない。 世界史に深い造詣もつ出口さんが、腕のいい植木職人のごとくバッサバッサと枝葉末節を切って幹だけを残し、その当時の時代背景、政治、気候も考慮し非常に分かりやすく、人間の知の歴史を見せてくれる。

出口さんと言う人は、もの凄く難しい出来事や哲学を『これはこういうことでしょ』とズバリ核心を突いてしまうのが本当に得意だ。猛牛の心臓をムンズと鷲掴み、「この生き物の動力は、コレね」と言われているような。圧倒され、納得してしまう。僕はキリスト教、仏教には結構詳しいと思っていたが、それも核心はコレ、と提示され、あ、そうかあ、と納得させられ、さらに目から鱗の裏知識まで教えてくれる。個別の宗教や哲学に詳しい人も、この本に難クセはつけられないんじゃないかと思う。哲学、特に宗教はコアな信者、熱狂的なファンがいる。だからそうおいそれとは語れない。でも、出口さんは剣豪のごとく切り裂いていく。この本を読むと多分、居酒屋で得意げに哲学や宗教を語ってしまうだろう。

出口さんは哲学と宗教というのはザックリ言えば

『世界はどうしてできたのか、また世界は何でできているのか?』

『人間はどこからきてどこへいくのか、何のために生きているのか?』

を真摯に考えることだという。彼らはこれらを言葉で表そうとした。

何百年、何千年前に哲学者が考えたことが今の科学で証明されてきたことにかなり迫っていることに脅威を覚える。

出口さんは人間の脳は一万年前の農業革命からそんなに進化していないという。実際この本で紹介される哲学者や宗教家の考え方は、時と場所を越えてリンクし、アップデートされているものはあるが、ベースはギリシア哲学、中国の諸子百家、インドのバラモン教、最古の宗教ゾロアスター教と紀元前500年前に議題、ある程度の考え方は出揃ってしまっているといえる。それを混ぜたり捏ねたりしながら、新しい哲学、宗教が生まれている。

本当に全編面白いのだが、中でも諸子百家の荀子と孟子の性善説、性悪説の対立を、教育の社会システムとして捉えた方が面白いという考え。ヘーゲルの三人の息子が、キルケゴール、マルクス、ニーチェであるという捉え方は特に印象的だった。このように哲学者の考え方を提示するだけでなく、出口さん独自の視点も紹介してくれる。

出口さんはストア派哲学が好きだそうだ。ストア派哲学は時代や人によって考え方は違うけど、今の自分をベースに強く逞しく生き抜いていこうという考え方。ニーチェ、サルトルがアップデートしている。

この本を読んで改めて考えることは、やはり神という存在を自分にとって何処に置くのか、というのは大きなテーマだな、ということ。偉大な哲学者、宗教家たちもここでかなり頭を悩ましている。哲学者たちは大概、神を否定している。多分、神というのはジョーカーなのだ。それを出したらお終いというか、思考が止まってしまう。ローマ帝国がキリスト教を国教としたことが、哲学と自然科学の発展を遅らせたことは否めない。神への否定、疑いがないと、哲学、科学は進歩しない。ギリシャも神話の否定から哲学が生まれた。しかし、傲慢になりすぎてもいけない。環境破壊は人間の傲慢そのものだと思う。それを防ぐ為に宗教、神というトリガーも必要だと思う。

気になったのは出口さんが紹介した哲学者、宗教家たちには、女性がいなかったこと。出口さんはフェミニストだと思うので、純粋に世界に残す哲学、宗教はまだ女性からは生まれていないということだろう。それは昨今まで続いていた世界的な男尊女卑のせいだろう。やっと現代になって女性が活躍しだした。僕は新しい哲学、宗教は女性から生まれるのではないか、と予感している。

僕は無為自然の老荘思想に考え方は近いのだが、ストア派的な生き方にも憧れる。イデア論を提唱したプラトンは80歳まで生きて、かなり考え方が変化していったという。
自分も常に未知の考え方に目を開いて、自分にとって真に快い思想を受け入れていきたいなと、思う。

知らないと恥をかく世界の大問題 池上彰著

フリージャーナリストの池上さんが今世界で起こっている問題を分かりやすく解説してくれる。

長くジャーナリスト生活を送っている池上さんから見ても、ここ10年で世界情勢は大きく変化したそうだ。冷戦が終結し、アメリカとロシアの2強がくずれ、変わって中国が台頭。貿易、軍事をめぐり、米中の争いに隣国も巻き込まれている。

そしてヨーロッパではイギリスのEU離脱問題、移民問題でEUの結束が崩れつつある。中東ではアメリカがエルサレムを首都としたことから、アラブ諸国との亀裂が深まり、同じイスラム教でも親米でスンニ派のサウジアラビアと反米でシーア派のイランの争いを中心に、これにロシアやクルド人問題を抱えるトルコが介入したりと、IS問題が落ち着いた今も予断を許さない状況になっている。

池上さんは世界の問題は民族と宗教を見ないと読み解けない、と語る。同じ宗教でもイスラム教のスンニ派、シーア派の争いがあり、キリスト教でもカソリック、プロテスタントの争いがイギリス、アイルンランドで残っている。

この本はアメリカ、中国、EUを中心に今現在起こっている諸問題を解説し、そしてそこから日本国内の問題にも切りこんでいる。

アメリカから見た世界の問題

国内の問題

2018年の中間選挙で下院を民主党が奪還しねじれが生じた。しかし、上院の議席数は共和党が増えたのでトランプ人気はまだまだ根強いと言える。民主党は大きな経済格差を背景に左派が台頭。インフレにならない限り赤字国債をいくら発行しても問題ないというMMTが支持され話題となっている。一方、共和党はトランプ化が進み反トランプ派は次々と引退。中間選挙によって、共和党は「より右寄りに」民主党は「より左寄り」になって中間層がごっそりいなくなってしまった。

対中国

アメリカ発で世界に衝撃を与えたのは、まず「ペンス演説」である。これは現アメリカ副大統領でありキリスト教原理主義者でもあるペンスが中国に向けた言葉だ。

冷戦後にアメリカは中国に対してWTO(関税をやめ自由貿易を促進する機関)に加盟させる等、自由経済への発展に協力してきた。自由経済の発展と共に政治も民主化されていくだろうと予測したのに、政治は共産党独裁のままでアメリカの希望は満たされなった。中国のウイグル族への弾圧に対しても痛烈に批判している。

ペンスは台頭してきた中国の経済力と軍事力に脅威を感じ、それを許さないぞ、という宣言をした。ペンス演説に対しては民主党も反対してないそうだから、中国製品に高い関税をかける貿易戦争はトランプの独断ではなく、アメリカの総意ということだ。

さらには次世代の通信技術5Gを巡る覇権争いもある。ファーウェイを排除する動きはこれも一つの要因。更にはCIAがバックドア(アメリカ企業の通信機器に使用されているファーウェイ製品が軍事情報などを盗んでいるのではという疑い)を恐れている側面もある。

アメリカの政治学者グレアム・アリソンは「大きな戦争は覇権国家の交代によって起こるケースが多い」と分析している。アテネ、スパルタに始まり、第一次世界大戦ではイギリスとドイツ。

米中の争いはベネズエラでの代理戦争に

ベネズエラは大統領が二人誕生して国が大混乱している。チャベスは1999年に大統領に就任し、反米姿勢をとり、キューバのカストロを敬愛して社会主義国家を目ざした。ベネズエラは石油資源に恵まれていて、この石油収入をもとに高度な福祉国家を目指し、バラマキ政策をおこなった。しかし通貨が高騰し、国内の生産力がなくなって輸出産業が育たなくなってしまい、ニンジン一本も輸入に頼るようになってしまった。同じようにオランダでも北海油田が見つかったとたん、国内産業が壊滅的になったという。これをイギリスの経済学者リチャードアウティは『資源の呪い』と呼んでいる。そして、天然資源の輸出拡大が国内の製造業を衰退させる現象を『オランダ病』というそうだ。甘やかされて育った子供が、怠けものでしょうもなくなってしまうのと一緒だろう。

チャベスは石油価格が下がってもバラマキを続け、財政は悪化。そして、お金を刷りまくって、今度は通貨が下落。輸入が出来なくなってインフレ率が1000万%になってしまった。

チャベスの死後、後を継いだのがマドゥロ副大統領。マドゥロはチャベスの政策を継続し国内の経済は破綻、治安も悪化し国民は逃げ出した。マドゥロは選挙前に野党の対立候補者を次々に逮捕。マドゥロは再選を果たしたが、野党はこれを認めず、国会議長のグアイドを暫定大統領とした。

ロシアと中国はベネズエラに莫大な資金を貸しているので、マドゥロを大統領に推している。一方アメリカは反米的なマドゥロを嫌いクアイドを大統領と認めている。そして、アメリカはベネズエラから石油輸入をやめ、これがさらに経済に混乱をもたらしている。ベネズエラ国民はアメリカと中国、ロシアの代理戦争に翻弄されている。

イギリスの離脱を中心としたEUの問題

イギリスのEU離脱

イギリスのEU離脱は冷戦の終結が背景にある。冷戦終了後ポーランドがEUに加盟して200万人の労働者がイギリスに移住した。労働を奪われる不安、ポーランド人も医療費にタダ乗りする不満が背景にある。そして、こういった不満を感じる多くは高齢者。高齢者の投票率の高さと、若者の投票率の低さが、離脱派が勝利した一因となった。

北アイルランド問題の再発

アイルランドがイギリスから独立した際にプロテスタントの多い北部6州はイギリスに残った。しかしその中の3分の1はカソリックでその人達はアイルランドに戻りたい。この宗派の違いが武装闘争にまで発展した。これが、北アイルランド問題。

イギリス、アイルランドが共にEUに加盟したことにより、人や物の行き来が自由になって平和になった。しかし、イギリスが離脱することになると、この問題が再発する恐れがある。メイ首相は2020年末までに国境問題を解決策を見いだすまでEUの関税同盟にそのまま留まるというものだったが、離脱派の反発にあい、意見がまとまらず結論は2019年10月まで先送りになった。

イギリスEU離脱のゆくえ

ロンドンにはウォール街に並ぶシティという金融街があり、世界の金融の中心になっている。しかしEU離脱を決めた為、イギリス国内でしか営業が出来なくなるので、日本を始めとした金融機関がドイツやフランスに逃げ出している。またEUとの間の輸出入全てに関税がかかり、ユーロスター(イギリス、フランス間を結ぶ高速鉄道)イギリスの運航免許しかない為、フランスに乗り入れ出来なくなる。人、物全てに流動性がなくなり、経済に支障が出る可能性がある。

極右が伸長するヨーロッパ

イギリスだけでなく他の国々でもヨーロッパはシリアからの移民、難民問題に揺れている。犯罪が増えたり、医療費のタダ乗りに現地人が不満を抱いている。ドイツではネオナチの大集会が各地で開かれ、スウェーデンでも反移民、難民を掲げた右派の「スウェーデン民主党」という極右政党が勢力を伸ばしている。ヨーロッパ各地で理想主義で難民を受け入れた結果、様々な問題が生じ、排斥運動が起きている。ヨーロッパは急激に閉鎖的になっている。

EUの運命を握るのはフランスとドイツ

EUの再生はドイツのメルケル首相とドイツのマクロン大統領の肩に掛っているがどちらも支持率が低く盤石とはいえない。メルケルは移民問題で打撃を受け、マクロンは政策が富裕層優遇だとして一般市民の支持を得ていない。

温暖化対策の為に燃料税を上げたり、若者の失業率を減らす為に、労働者が解雇できる制度を作ったりと、悪くない政策なのだが、もともとエリートのマクロンは上から目線の発言が多く、労働者に反発を受けているようだ。今、世界では反グローバリズム、反エリートのムードが高まっている。

変わる中東のバランス

中東の情勢はこれもトランプによって大きく変わったようだ。オバマを中心にできた「イラン核合意」から離脱。これにより元々反米だったイランとの中は険悪になった。代わりにトランプファミリー全体で密接な関係をもつイスラエルとは関係を急激に回復させた。

今中東の勢力図はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアを筆頭にしたスンニ派アラブ諸国VSロシア、トルコ、イランを中心としたシーア派アラブ諸国といった図式になっている。

シェール革命によりアメリカは中東に石油を求める必要がなくなり、トランプは中東はイスラエルだけ守られればどうでも良く、イスラム国がなくなりシリアからすぐに軍を撤退させたいと考えている。イスラム国の撃退に活躍したクルド人のことを考えたマチィス国防長官はこれに反対し、トランプの反感をかって辞任した。

トルコはエルドアン大統領のもとイスラム化してアメリカとの関係性が悪く、クルド人を敵視している。そしてロシアとの関係性を密接にしている。アメリカの中東からの撤退により、「反米」側の勢いが増している。

サウジアラビアは石油依存からの脱却を図る為に、ムハンマド皇太子が女性の社会進出を認めたり、映画館をオープンさせたりとして改革を進めようとしている。しかし、改革に反発する王族も多く、改革は思うように進んでいない。

習金平の野望とアジア情勢

米中の貿易戦争とロシア

2018年10月4日のマイク・ペンス演説により米中関係は転換した。アメリカは明確に中国との対立姿勢を強めた。アメリカを特に怒らせたのは2017年に中国が「国家情報法」という法律を施工したこと。これは企業、国民も含めて、全ての国民がスパイになれということ。「ハイテク覇権争い」そしてそれは安全保障にも繋がる。アメリカは中国の躍進を恐れている。

習金平は「BATIS」という国内5大プラットフォーマーを全面的に支援し、「AI発展計画」を国家プロジェクトととして掲げている。アメリカの「GAFA」との5G、AIを巡るハイテクバトルが繰り広げられている。

中国は2018年に憲法を改正し、2期10年までの国家主席の任期を撤廃し、習金平は永続的に国家主席を務めることも可能になった。中国はアメリカとの争いを長い目でのらりくらりと戦おうとしている。

ロシアと中国は歴史的に仲が良くなかった。しかし、ロシアはウクライナ問題で欧米と対立している。「敵の敵は味方同士」で近年中ロの関係は劇的に改善している。

文在寅の憂鬱

韓国の文在寅大統領は制御不能に陥っている。特に日韓関係の悪化は顕著で、原因は2015年に慰安婦問題解決の為、設立された「和解、癒し財団」の一方的な解散問題。 レーダー照射事件、徴用工判決。そして、この本には書いていないが、日本が韓国をホワイト国から解除し、半導体材料の輸出規制をしたことで、韓国の国内メーカーが打撃を受け、韓国国内で日本製品の不買運動等が起きている。どうも、韓国側の方が経済状況が良くなく、アメリカに仲裁を求めている格好になっている。

そして、 文在寅 は北朝鮮に対しては融和的な態度を見せ、これが北朝鮮の非核化を阻害しているとして、国際社会から孤立しつつある。北朝鮮の金正恩とトランプは会談を重ねているが非核化は全くと言っていいほど進んでいない。金正恩はアメリカ、ロシア、中国を天秤にかけるような外交を展開している。

安倍政権は日本をどこに導くか

安倍政権は憲政史上最長政権となった。しかし、国内の問題はあまり解決していない。今だ、デフレから脱却していない。そして、バブル以降競争力を失った企業。世界の時価総額ランキングでトップ50に入っているのは45位のトヨタのみ。トップ10のうち8社がアメリカ、2社が中国。かつての経済大国と言われた面影はない。働き方改革、水道の民営化、改正入管法等、様々な手立てを打っているが、これからどうなるのか、韓国との貿易問題、厚生労働省の統計不正問題、消費税率10%引き上げと、先行き不透明な状態だ。

共産党宣言 マルクス エンゲルス著

以前からマルクスの著作は挑戦しようしようと思っていた。『資本論』を数回チャレンジも、言っていることの難解さと長さに挫折すること数回。

『ナニワ金融道』の作者であり、マルクス信望者の青木雄二先生の著作から察するに、労働者は資本家に搾取されている、だから戦わなくてはいけない、そして新しい共同体を作ろうということを言った人かな、ぐらいの認識は持っていた。

学生運動に明け暮れたおじから、最近、勧められたのが『共産党宣言』。本屋でさがしたら、以外にも薄くてこれなら読めそうかなと、早速読んでみた。

『資本論』程でないが、言葉はやっぱり難解。読みづらい。~的なという言葉をよく使うのだが、これは訳者のくせなのか、マルクスのくせなのか。~的というのは僕もよく使ってしまうけど、何か少し煙にまくような印象を受けてしまう。

でも面白いな、と思うのが論理的な記述をしていたのに、急にメタファーを使って詩人になってしまうところだ。これがマルクスに心酔する人の大きな要素な気がする。

以下、印象に残った言葉。

「共産主義者は、その理論を、私有財産の廃止という一つの言葉に要約することが出来る」

共産主義はブルジュア的所有は廃棄しないといけないらしい。ブルジュア的所有というのがよく分からないが、私腹を肥やすなよ、ってことなのだろうか。みんなで稼いだのだから、一人占めするなよ、と。

「われわれのあくまで廃止しようと欲するものは、ただ、労働者は資本を増殖するためにのみ生活し、そして支配階級の利益が必要としなければ生活することができないという、そんなみじめな取得の性格である。」

この言葉は共感できる。働かせていただいてます、という奴隷根性をやめようぜ、って感じがして良いなあと思う。

「私有財産の廃止とともに、すべての活動がやみ、一般的怠惰がはびこるであろう、という異論がある。」

マルクスはこの異論の反論として、ブルジュアは怠けて稼いでいるんだから、ふざけたこと言ってんじゃねえよ、と言い返している。

ごもっともだと思うが、僕は共産主義の失敗はここに尽きる気がする。人間はやっても、やらなくても同じなら、やらないほうに向く、元来、怠け者なのだ。中国も鄧小平が、自由競争を認めてから経済が伸びていった。

「労働者革命の第一歩は、プロレタリア階級を支配階級にまで高めること、民主主義を闘いとることである」

マルクスの時代はまだまだ、封建社会の色合いが強く、支配する側とされる側の構図が今よりクッキリとあったのだろう。民主主義すらないのだ。だから、ブルジュア、資本家との闘争に勝って、民主主義を勝ちとり、そのまま労働者が支配する世界を作ろうという凄い理想に燃えていたのだろう。しかし、現在の中国を見ても、キューバを見ても民主主義ではない気がする。

そしてマルクスが提案した共産主義国家のあり方

1土地所有を収奪し、地代を国家支出に振り向ける。

2強度の累進税。

3相続権の廃止。

4すべての亡命者および反逆者の財産の没収

5国家資本および排他的独占をもつ国立銀行によって、信用を国家の手に集中する。

6すべての運輸機関を国家の手に集中する。

7国有工場、生産用具の増加、共同計画による土地の耕地化と改良。

8すべての人々に対する平等な労働強制、産業軍の編成、特に農業のために。

9農業と工業の経営を結合し、都市と農村との対立を次第に除くことを目ざす。

10すべての児童の公共的無償教育。今日の形態における児童の工場労働の撤廃。教育と物質的生産との結合

こうしてみるとマルクスのいう共産主義国家は大きな政府で、国がほぼ全てを管理する社会だ。中国もロシアも国家が強いな、とは思う。相続権の廃止や、教育の無償化は素晴らしい。しかし、見てて自由度がなくて堅苦しく、怖いなという印象は受ける。独裁者が生まれやすく、国家主義的になってしまうのではないかと思う。言いたいことも言えなくなりそう。

10番を見てもマルクスは正義感が強く、貧富の差がおかしいだろ、と熱い思いが伝わる。僕も極端な格差というのはないほうが良いと思う。餓死する人がいる一方で、使いきれないほどの部屋を持つ家に住む人もいる。マルクスは大きい強力な国家を作り、富を公平に分配したかったのだろう。至極まっとうな考えだ。が、やっぱり人間は競争したい生き物なんだと思う。そして、勝った、負けたやりたい。それが様々な商品や、サービスの向上を産む。人間は元来ナマケモノなんだ、という僕の考えは変わらない。

それでは新自由主義が良いかと言うと、そうでもない。確かに市場は伸び、経済は発展すると思うが、大きな格差は生まれやすくなると思う。金儲けも才能なのだ。スポーツ、音楽、と同じ。やっぱり天才ってのはいる。天才をちゃんとリスペクトして頑張ってもらって、もちろん天才は多くもらっていいのだが、使いきれない程はいいでしょ、そこまで強欲にならなくても、みんなで分けましょうよ、と思う。

勝者もリスペクトはされたいだろうが、負けた人間を足蹴にするほど、ひどい気持ちは持っていないと思う。そこまで人間はひどくない。資本主義、共産主義、その間を取れれば良い社会が生まれるのではないだろうか。

今日の日本でもブラック企業や、過重労働による自殺など、労働問題は残っている。日本人は特に働くことを美徳とする人が多すぎる気がする。そしてその働くというのは分かりやすい生産性、結果を求めてくる。アリも偉いけど、キリギリスだって音楽で楽しませているのに。

経営者にも強欲な人間がいるのは確かだ。そういう人間達に対してはマルクスという劇薬は大いに武器になる気がする。労働者の団結は難しいが、ブラック企業で長時間働かされる人が「これって資本家に搾取されてるんじゃない?」と思うだけで、大きな違いを産む気がする。そこから、働くのバカバカしい、という良い意味で逃げの手をうてれば、うつ病になって死ぬ、という最悪の事態は避けられる。マルクスの価値観を僕ら凡人が学ぶのは決して無駄ではない。暴力革命でなくても、組合、市民運動、選挙と戦う方法はある。

自分の半径5mから日本の未来を考えてみよう会議 出口治明 島澤論 著

この本は日本の様々な問題を歴史や世界情勢、データを使って分析し、まずは自分の身近な事から行動を変えて、解決していきましょう、という本である。

明治維新は鎖国で失われた200年の遅れを取り戻す運動

安土桃山時代は、銀の産出量が豊富で、日本墮GDPの世界シェアはピークだったという。 しかし、江戸時代は鎖国により、国力が閉塞していった。それは一人当たりの石高の減少や、江戸時代の男性の平均身長の低さからも推察できる。

人は交易をすることにより、豊かになる。もともと地域の生態系というのは限りがあり、その場所で得られるものというのは乏しい。しかし、交易を行うことにより、その場所で得られないものが、得れるようになっていく。自由貿易が人間を豊かにしていく。

明治維新というのは鎖国で失われた200年を取り戻す運動だった。

この著書は2016年。2019年現在、米中の貿易摩擦が生じている。お互いに関税をかけあって、自由貿易が停滞しようとしている。このまま摩擦が続けば、世界経済は収束してしまうかもしれない。日本は両国を取り持ち、自由貿易を推進していくべきだろう。自国の産業を保護しようとすると、経済は閉じてしまう。過保護に育てられた子供は、弱く、外に出られなくなってしまう。

アメリカの学生は借金をして学費を捻出するから必死で勉強する。

日本の政府支出における教育関連の支出割合はOECD加盟国のの中で、下から2番目である。要するに先進国の中で日本は政府が教育に金を割いていない。

また、日本は4月入学なので、世界的な9月入学とのずれがあり、優秀な留学生が入りずらい環境にある。それは日本から海外への留学生にも弊害となる。ほんとうは9月入学へのすみやかな変更が必要なのだ。

日本の大学教育の水準をあげるためには、門戸を広くして卒業することを難しくしたり、授業を面白くする為に、生徒が教官を評価するようにしたりと、教育改革が急務である。英語の学力を上げさせる為、授業を英語で行ったり、TOEFLで100点をとらないと企業が面接を受けないようにするなど、インセンティブを設けないと、学生は怠けてしまう。

アメリカの大学は教育ローンを組んで、自分で学費を払うので必死で勉強する。

給与を上げたいのなら、他の人との差異が必要。

今後、日本は労働人口が減る。2030年までに800万人も人手不足になると言われている。仕事を選ばなければ食うのに困ることはない。ただ、給料をたくさんもらいたいのであれば、他の人との違いを見せつける特殊能力を身に着け、自分に付加価値をつけなくてはいけない。

メディアリテラシーをあげる

日本のポピュリズムはメディアが先導している側面がある。日露戦争の時もメディアが煽ったことにより、国民は日本が圧勝したと勘違いした。実際は引き分けに近い辛勝だったのだが…。メディアは国民を喜ばせたり、不安にさせたりと情報を盛る。関心を惹かせ、観てもらう事で商売が成り立つ。

それにのっかってしまうと必要以上の不安や熱狂に、右往左往することになる。様々な情報に触れ、視野を広げる。情報を自分なりに冷静に分析するメディアリテラシーが今後は必要になる。

「好きなこと」だけして生きていく 心屋仁之助著

心理カウンセラーの著者がやりたいことを我慢しないで、今本当にしたいこと、好きなことをしなさい、と勧めてくれる。

著者も元々は多くの人と同じく、本当にやりたいことを我慢して、仕事を頑張ってきた。良いこともあったし、嫌なこともあったという。しかし、ある日、いくら頑張っても他人に評価されたにことに辟易し、頑張ることをやめて好きなことだけして生きていこうと決めた。

それは今まで培ってきたものを捨てるという勇気のいる決断だったが、好きなことだけして生き始めると、不思議と人生が好転し、お金の苦労もしなくなったという。

著者はまず、自分自身にはすこい価値があると思い込むこと。生きているだけで頑張らなくても、自分に価値があると思う事で、肩の力がぬけ、人に優しくなれるという。

自分が好きなことだけすると、他人に迷惑がかかる。しかし、著者はそれでいい、という。助けを求めたり、迷惑を掛けたりしていると気づくことで、他人のありがたみが分かり、心から感謝をすることになる。そして助けた人は人の役にたっているという喜びを感じる。

自分自身の価値を認め、心から好きな事を素直にやる。やりたくないこと、出来ないことは人を頼って、助けてくれたことに感謝する。浄土真宗の他力本願にも通じる。

人は助けたいとも思うし、助けられたいとも思う。自分一人で生きているというのはおこがましい事で、何かしら人に迷惑をかけているし、助けられて生きている。

「与える楽しみと、受け取る楽しみを両方味わえる人になる」と著者は語る。

好きなものがない、みつからない、という人に対しては、今、自分がしたいことが好きなことだよ、と語る。それはテレビを見る、とか本を読むとか、ダラダラするとかでもいい。好きなものというのは時間と状況により変わるものだから、自分に素直になりなさい、肩の力を抜いて、という事だと思う。

その中で、状況や立場が変わっても理屈抜きで「やっぱり好き」というものが分かってくる。この「やっぱり」がつくのが本当に好きなことなのだ、と語る。

感想

全体的に読みやすく面白い。人の助けを素直に受け取り、感謝をするところは多いに共感した。ただ、著者は過去に頑張ってきたからこそ、その積み重ねがあってからこその、力を抜いて、結果が伴ったということではないかと思う。頑張りすぎている人には、凄くいい本だと思うが、生粋の怠け者、知性、常識のない人には、あまり効果がないかなと、思う。